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もうすぐ2012年が終わろうとしています。

今年は「帝一の國」の単行本が2冊刊行され、「ぼくらの光クラブ」の下巻が発売されました。そして年末には舞台「ライチ光クラブ」とヴァニラ画廊の原画展と、とても忙しく充実した日々をすごさしていただきました。

そんな中、母の癌が告知されたのは9月の上旬でした。病名は卵巣がんで年を越すのは難しいと言われました。その告知の翌週には心の整理もつかずまま急遽実家から僕が住んでいる家へ引っ越してもらい、看病しつつホスピス探しを始めました。まだこの時は母も元気であったので本当に余命数ヶ月というのが信じられませんでした。母は強情な人なので一緒に住む事を最初は拒んでいましたが、自分の病状がのっぴきならないということを理解すると渋々ではありますが引っ越しに応じてくれました。

しかしいざ引越してみると母はとても楽しそうでした。孫と毎日会える喜びを満面の笑みで表していました。一緒に生活できたのはホスピスの部屋が開くまでの1ヶ月半の間でしたが、孫と過ごしたこの1ヶ月半で少し寿命が延びたのかもしれません。今は無反応ながらも紅白歌合戦をじっと見つめています。衣装がゴージャスなアーティストが出ると軽く声を漏らします。母の大晦日いつもと同じく紅白とともにくれて行きます。

今年僕を支えて下さった各雑誌社担当の方々、そしてネルケプランニングのスタッフの方々、漫画兄弟のhakuei とノリ、江本純子さんとキャストのみなさんそして舞台スタッフの皆さんヴァニラ画廊のスタッフのみなさん、デザイナーの竹智さん、そして僕を支えてくれた多くの読者のみなさん、今年1年本当にありがとうございました来年もよろしくお願いいたします。
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2012.12.31 大晦日
12月31日早朝4時30分頃母からの電話で起きました。母は振り絞るような声で
「至急家族全員で来てほしい、そして母の兄夫婦も一緒に来てほしい」との事でした。
病室に着くと母は僕たちの手を握り、何度も「ありがとう」と言い泣いていました。現在午後16時23分ですが、それからまだ病室にいます。母は時折目を覚ましますが基本的にずっと寝ています。あれほどすぐに帰れと言っていた母が今夜はここに泊まってほしいと言っています。自分の命の充電が残りわずかだとそう感じているようです。最後に僕に頼ってくれたことがとても嬉しいし、命の火が消えるまで一緒にいようと思っています。

2012年、こんな大晦日です。
2012.12.30 感謝!
昨日29日にヴァニラ画廊で行われていた原画展も終了いたしました。
お越し頂いたいたたくさんの方々本当にありがとうございました。
遠くは北海道や大分や熊本からお越し頂いた方もいました。福島で被災した方も来ていただきました。本当に涙が出るほどありがたかったです。
12月のライチ光クラブの舞台そしてこのヴァニラ画廊での原画展と僕にとっては大きなイベントが続き慌ただしい年の瀬となりました。
こんなにもたくさんの方とお会いしお話しできる機会は滅多にありません。というか初めてです。こういう一人一人の読者の皆さんに支えられているのだと実感でき、満員電車のように混雑した画廊内の皆さんのお顔を見ながら感謝の気持ちでいっぱいでした。
ここ1ヶ月は舞台や原画展そして母のこともあり全然漫画を書いていませんでした。
軽い鬱状態と言うのか漫画を描く気力がどうしても湧いてきませんでした。
ですがこの原画展を通じたくさんの人と握手してるうちに少しずつ自分の中に力が蘇ってきました。

まだ母の死を看取るという人生の大仕事が待っていますが来年はより一層頑張ろうとそう思いました。皆さんのおかげです。
2012.12.29 怒られた
眠っていることが多くなった母の病室に仕事道具と電気スタンドを持ち込み深夜過ぎまで仕事をし家に帰って寝ました。

朝、母からの電話で目を覚ましました。母は病室に電気スタンドがあることをとても怒っていました。
「ここは病院、看護師さんがたくさんいる。あなたがいても何もできないのだからここにいるな」と。

僕としては先が短く先が短い母と少しでも長くいたいのですが、母はそれを拒みます。
「あなたはあなたの生活をちゃんと送りなさい!そのための病院なのだから、すぐ電気スタンドと仕事道具持って帰りなさい!」そうすごい剣幕で怒られました

父が亡くなった4年前から何度か母に同居しようと伝えてきましたが母は首を横に振るばかりでした。息子の今の生活を壊したくない、その思いが死の間際になっても強いのでしょう。枯れ木のように細くなっても僕のことを気遣う、そんな母です。
2012.12.28 変化
舞台の千秋楽の次の日26日は母も起き上がって舞台の成功を喜んでくれていました。
それで気が抜けたのかその日の夜から母は急に悪くなっていきました。本当に気力だけで生きていたんだなと思います。僕も今はずっと病室にいます。
でもヴァニラ画廊での原画展28日金曜日と最終日29日はなるべく在廊するつもりでいます。
というのも母にこう言われていたからです。「遠くから来る人やあなたに会うのを楽しみにしてくれてる人がいるのだからちゃんと画廊には顔を出しなさい。できたら毎日行きさい」と。

さすがに仕事もあるので毎日行くことができませんでしたが母の容体が急変しない限り金曜そして最終日の土曜日は在廊するつもりでいます。

最後の最後まで自分のことより人のことを第一に考えるする母は本当にすごいなと思います。
2012.12.26 大切な時間
母に舞台の千秋楽を無事終えたことを伝えるととても喜んでいました。
キャストの皆と撮った写真や舞台セットや客席の様子を撮った写真を見せると無事終えてよかった、これで安心だと笑っていました。

お医者さんは12月の中旬が山だと言っていました。
なので僕も今回の舞台を観ることができないかもしれないと覚悟していました。でも母はこの舞台が終わるまでは頑張ると言っていましたし、実際母が頑張ってくれました。おかげで舞台を観ることができ、千秋楽を見送ることができ、そして打ち上げにも参加することができました。
母も安心したのか今日はすぐに眠ってしまいました
これからは一日一日が大切な時間になってきます。
本日無事舞台ライチ光クラブの千秋楽を終えました。何年もかけて準備してきた舞台がこうして大成功に終わることができたことを本当に嬉しく思います。役者のみんなは本当にハードな公演をこなしてきました。

打ち上げの席でみんな「ぶっちゃけとってもきつかっただけど、こんなにも楽しい舞台はなかった」と口を揃えて笑顔で語ってくれました。みんなこの現場を離れるのがとても寂しそうでした。僕も明日からこの舞台が観られないかと思うととても寂しく胸にぽっかりと穴が開いたような気分です。
役者のひとりひとりに感謝と敬意を表します。そして演出の江本純子さんはこの狂った原作に忠実に、そして演劇とゆう媒体の下でさらに過激に作り上げてくれました。
そして血糊やスモークなどタイミングがとても多かったこの舞台を裏で支えてくれたスタッフの皆さんにも感謝しています。
この舞台の企画を立ち上げたのはニコ役にして漫画兄弟の平沼典久くんでした。彼がネルケプランニングの松田社長と直談判し、そして江本純子さんに演出をお願いしました。彼の行動力がこの素晴らしい舞台を生み出したのです。そして僕もそれに発生しぼくらの光クラブを執筆することになりました。本当にノリには感謝してます。
紀伊国屋ホールには連日熱心なライチファンや役者ファンや演劇ファンが集まってくれていました。このライチイヤーを楽しんでくれた皆さんにも心からありがとうと言いたいです。みんながライチを愛し支えてくれたことでこの公演は実現しました。本当に本当に皆さんありがとうございました!

息子はサンタクロースからのブレゼントに大興奮して
遊んでます!
いよいよ今日は舞台ライチの千秋楽です。
嬉しいことや悲しいこと、心の振り幅が大きい年末です。
皆さん母のことについて心配していただき本当にありがとうございます。このブログも読んでくれてる人は少ないと思いますがコメントくれる方は皆とても暖かいです。ヴァニラ画廊でも何人もの方に母についてお声をかけていただきました。母は僕の展覧会が終わるまでは頑張ると言っています意思が強い母ですのできっとその通りになると思います。展覧会はありがたいことに連日たくさんの人が足を運んでくれています。舞台の公演日と重なったこともあり地方から来てくれる方も多くいらっしゃいます。普段会うことの出来ない地方の方とこうしてお会いできるのも嬉しいことです。展覧会のほうは29日まで開催しておりますのでまだご覧になっていない方はぜひとも足をお運び下さい!
そして舞台ライチ光クラブも何度も観劇させていただいてます。毎回見るたび感動する舞台です。役者もその役と一体化してとても自然な演技を見せてくれます。あともう一踏ん張りで千秋楽、このまま怪我や病気なくがんばってもらいたいものです。
数日間続いた熱もようやく下がり舞台ライチ光クラブを見に行きました。
冒頭から終りまで僕は何度も泣きそうになりました。細かく作り込まれた完成度の高い舞台、そして役者さん達の熱演。所々に挟まれる江本純子さん独特のギャグセンス。クライマックスにこれでもかと浴びせられる大量の血糊。大正昭和のサーカスのようなノスタルジーなあふれる音楽。それらが壮大な見世物小屋のような効果となりチープで猥雑で過激でエログロなめまいのするような素晴らしい空間を作っていました。その日は興奮のあまり朝まで眠れず、ずーっとライチの事を考えきました。

明けて今日、母の入院するホスピスに行き舞台の成功を伝えると目を細めてよかったね喜んでくれました。
ホスピスと言う場所には似つかわしくない血塗られたパンフレットをめくりながら「お前が高校生の頃こんなの見てたなんてね知らなかったわ」と笑っていました。
風邪で会えなかったこの数日間の間に母はまた少し痩せたように思います。
食べ物も喉を通らなくなってきてます。痛み止めの薬も飲み薬からのモルヒネ注射と変わっていました。
病院の窓から教会と大きなヒマラヤスギが見えます。教会から聞こえてくる讃美歌を聞きながら母と2人の時間をゆっくりと過ごしたいのですが、母は僕にすぐ帰れと言います。これは母なりの僕への配慮であることはわかっています。いつも僕のことを第一に考えてくれる母です。そんな母との最後が近づいてます。

せめてライチの舞台が終えるあと10日間は生きててほしいと思うのですが、担当医師によるとそれも微妙だということです。
2012.12.13 近況
私事ですが現在母が末期ガンでホスピスに入院しています。毎日薬の量を調節してもらえ幸いにも痛みはあまりないなく本人は元気に振舞い過ごしております。徐々に死に行く母を見ている気持ちはなんとも言葉にできないものがあります。舞台ライチ光クラブや個展など嬉しいことがたくさんある年末ですが母が今年を乗り切ることができないかもしれないと言う事実が心に重くのしかかっています。
そんなことも重なりツイッターでご報告していた描き書き下ろしの3枚の絵に関しては間に合わせることができませんでした。それでもなお十分にたくさん展示しておりますので皆様足をお運びくださいませ。12月17日より開催いたします。
明日から舞台ライチ光クラブが始まります。今回僕は舞台に関しては何をしているというわけでもなく稽古の見学に行ったりしているだけです。すべて役者のみなさんや演出家の江本さんやスタッフの方々のパワーで出来上がっている舞台です。ですがこの企画に関しては2年前から綿密な打ち合わせを繰り返しようやくここまでこぎつけることができた念願の舞台でありますので僕も楽しみにしているのです。最近はプライベートの方が慌ただしく漫画もあまり描いていませんがそんな中また風邪をひいてしまい(先月から二度目)何とか明日の初日に駆けつけたいと思っているのですどうなることやら(¬_¬)
ライチイヤーの締めくくりこの舞台ライチ光クラブご覧になれる方は楽しんで下さると嬉しいです!
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